「判例道場」第11回

【第10回解答】

本件退職金は、就業規則においてその支給条件が予め明確に規定され、Y会社が当然にその支払義務を負うものというべきであるから、労働基準法11条の『労働の対償』としての賃金に該当し、したがって、その支払については、同法24条1項本文の定めるいわゆる全額払の原則が適用されるものと解するのが相当である。全額払の原則の趣旨とするところは、使用者が一方的に賃金を控除することを禁止し、もって労働者に賃金の全額を確実に受領させ、労働者の経済生活をおびやかすことのないようにしてその保護をはかろうとするものというべきであるから、本件のように、労働者たるXが退職に際しみずから賃金に該当する本件退職金債権を放棄する旨の意思表示をした場合に、全額払の原則が意思表示の効力を否定する趣旨のものであるとまで解することはできない。

〔選択肢〕

① 職業生活 ② 人たるに値する生活 ③ 社会的身分 ④ 経済生活

〔解説〕

  • 科目「労働基準法」:難易度「平易」
  • 解答根拠

最判昭和48.1.19「シンガー・ソーイング・メシーン事件」

  • 事案概要

会社Aは、従業員Xの在職中の旅費等経費の使用につきつじつまの合わない点から幾多の疑惑をいだいていたので、この疑惑にかかる損害の一部を補填する趣旨で、退職に際しXに対して退職金の請求権を有しない旨の書面に署名を求めたところ、これに応じてXがこの書面に署名した。しかし、その後退職金を放棄したとされたXが、その書面は法24条(賃金の全額払)の脱法行為に当り拘束力を有しないとして退職金の支払いを求めて訴えた事案

  • 論点

在職中の不正疑惑にかかる損害を補填するため、使用者が労働者に対して退職金債権の放棄をさせたことは「賃金全額払の原則」に反するか

  • 結論

反しない(その放棄が労働者の自由な意思によるものであることが明確であれば)

 

【第11回問題】

労働基準法81条の定める打切補償の制度は、使用者において、相当額の補償を行うことにより、以後の A を打ち切ることができるものとするとともに、同法19条1項ただし書においてこれを同項本文の解雇制限の適用除外事由とし、当該労働者の療養が長期間に及ぶことにより生ずる負担を免れることができるものとする制度であるといえるところ、労災保険法に基づく保険給付の実質及び労働基準法上の A との関係等によれば、同法において使用者の義務とされている A は、これに代わるものとしての労災保険法に基づく保険給付が行われている場合にはそれによって実質的に行われているものといえるので、使用者自らの負担により A が行われている場合とこれに代わるものとしての同法に基づく保険給付が行われている場合とで、 B の有無につき取扱いを異にすべきものとはいい難い。また、後者の場合には、打切補償として相当額の支払がされても傷害又は疾病が治るまでの間は労災保険法に基づき必要な療養補償給付がされることなども勘案すれば、これらの場合につき B の有無につき異なる取扱いがされなければ労働者の利益につきその保護を欠くことになるものともいい難い。

そうすると、労災保険法12条の8第1項1号の療養補償給付を受ける労働者は、解雇制限に関する労働基準法19条1項の適用に関しては、同項ただし書が打切補償の根拠規定として掲げる同法81条にいう同法75条の規定によって補償を受ける労働者に含まれるとみるのが相当である。

A ① 休業手当 ② 休業補償 ③ 災害補償 ④ 賃金の支払

B ① 同項ただし書の適用 ② 同法12条の8第1項1号の適用 ③ 労働基準法75条の適用 ④ 労働基準法81条の適用

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